01. 9月 2003
特集/ゴス
2003年9月1日刊行
translation■山川純子/Sumiko Yamakawa
translation supervision■青木直子/Naoko Aoki
Helnwein:
アートは常に、作者の生きている社会や時代を反映し、その文化をめぐる状況について何かを語っているものだと私は考えています。現代は物質主義と利潤追求の時代であり、すべてを食い尽くす娯楽産業は時代の寵児です。
ですからアーティストもキュレーターも、忘却の海に沈まぬよう、聞いてもらい見てもらおうと、必死でこのマルチメディア娯楽の怪物と必死に格闘するため、怪物と同じくらい騒々しく安っぽく愚かでいなくてはならないのです。
だから美術館におさめられた現代美術の作品の7、8割はくだらないものなのです。とはいえ、それぞれの時代は、時代ごとの美的価値を持っていることも事実であり、この時代の観衆によく伝えたいと思えば、彼らにとってわかりやすい美術言語を創り出さなければなりません。
それが私のやっていることなのです。「観客は私の生涯の恋人です」と言うほど、私は公衆に取りつかれています。私は作品によって、観客のみなさんに触れ、抱きしめ、心を揺さぶり、ときにはお尻を蹴飛ばしたい。私が専ら考えているのはこのようなことなのです。
またいっぽう、私も観客の声を聴き、真剣に受けとめます。なぜなら観客やほかのアーティストだけが私に何かを教えてくれる人々ですから。
このプロセスを、進行形の相互学習と呼んでもいいと思います。
私は観衆が私の意図を誤解したとか曲解したと思ったことは全くありません。愚劣で尊大な一部の美術批評家や「権威」は、たいてい私の意図が理解できないのです。
それにしても、こういう権威をかさに着た自称専門家たちが、私の作品を受け入れ、もてはやすことがあったら、それはさぞ怖いでしょうね。
...